「歌1」(金葉和歌集)の文法・語意・歌意について【雛人形と変体仮名と私】
それでは、今回からいよいよそれぞれの歌について
文法や意味のおさらいをしていこうと思います。
金葉和歌集より
変体仮名による歌は上の図のとおりです。
「この春はのどかににほへ桜ばな枝さしかはす松のしるしに」と書いてあります。
文法と意味のチェック
文法的な解説をしていこうと思います。
「この春は」の「は」は副助詞で、
「文の中であることがらをとりたてて示したり強めて表現したりする助詞」です。
つまり、作者は、「(いつもとは異なり、)今年の春は」と詠むことで、
今年の春を例年の春と明らかに区別し、特別な思いを寄せているのです。
そして、「のどかににほへ」は、「ゆったりと咲いてくれ」ぐらいの意味です。
「にほへ」は命令形ですが、これは桜花にたいして命令しているのです。
命令というと強い意味になりますが、8割がたお願いの気持ちが含まれた命令というニュアンスで取るとよいでしょうね。
「この春だけはゆっくりと咲いてておくれ。」と桜花に呼びかけているのです。
「にほふ」は、この時代は、視覚的な意味で使われていました。
古語辞典によれば、
美しく人目に立つ色がひときわ顕著となる意。
咲きほこってよく香る。
つやつやと美しく映ずる。
とあります。
「にほひ」や「にほふ」が現代のような嗅覚に関連する意味合いになってくるのは、
この歌が詠まれた頃よりも時代がくだっています。
「枝さしかはす」は、「枝が重なっている」という意味で、
私には、作者が桜の木に、自らの枝が松の枝と重なっているのを教えてあげているように思えます。
ごつごつした木肌にいつも深い緑の葉を茂らせる雄々しい松と、
どちらかというとつるっとした木肌で、淡い白やピンクに見える花でいっぱいの桜。
柔と剛、はかなさと永遠の象徴である桜と松がそれぞれの枝を伸ばし、重ねている様子は美しくて、どこか幻想的でもありますね。
作者の藤原実能は、
「常緑の松にあやかっておくれ」とか、
「ほら、松の緑が見えるだろう?今年はその松のように、時を忘れて少しでも長く咲いておくれ。」
と呼びかけているのです。
対象的な桜と松を詠むことで、桜の花のはかなさや、美しさが際立つように思います。
歌意(引用)
歌意は、『新日本古典文学大系9 金葉和歌集 詞花和歌集』より引用いたします。
この春は(散り急がずに)ゆったりと咲いておくれ、桜の花よ。桜と枝を重ね合っている(常緑の)松にあやかって。
『新日本古典文学大系9 金葉和歌集 詞花和歌集』1989年 岩波書店
どういうシチュエーションだったのか。
たしか、こちらの歌だったと思うのですが、
この歌とその前の38首めの歌は、ともに天皇の行幸に伴った場面で歌われていたようです。
再度、図書館から本を借りて調べればよいのですが、
どの天皇が、誰のお屋敷に行幸されたのか。という程度の情報だったように思うので、
もう、ここからは、私の想像・仮想・仮定で進めさせていただくことにします。
おそらく、天皇が、貴族のお屋敷に桜を見にいらっしゃったのだろうと思います。
松も桜も植物なので、山に生えているものですが、
水に近い環境ならば?と考えると、
松は海辺、桜は川辺に人工的に植えられています。
松は、塩に強く、防風林、防砂林として用いられていますし、
桜は、治水策の一環として、花見客の足で土が踏み固められるように土手に植えられてきました。
私にとっては、松は海、桜は川。というイメージが強かったので、
松と桜が枝を重ねる、すなわち近しく植えられているというのは、違和感があったんですね。
と思っていましたが、お屋敷のお庭に植えられていたとしたら、納得ですよね。
そして、古来日本において、松は、その力強いようすから男性のイメージが持たれ、
常緑の葉から、永遠のイメージが持たれてきました。
それは副次的に天皇の象徴にもなります。
天皇とともに桜の花を見るなんてことは、めったにないこと、身に余る光栄であり、
この瞬間が長く続いてくれたら。と思う気持ちから、
桜の花にも、こんな光栄な春はないんだぞ。だから、長く咲いていておくれ。と呼びかけているのではないかと思います。
また、もしかしたら、興に乗った天皇が、桜の花のあまりの美しさに、お庭に降り立ち、
桜の枝に手を伸ばされたのかもしれません。
松は、植物の松ではなく、天皇のお姿をたとえたものかもしれませんね。
桜の花に対し、「長い弥栄の天皇のお手がふれているんだよ。その弥栄にあやかって、長く咲いておくれ。」と詠んでいるのかもしれません。
婉曲な表現ではありますが、天皇とひとときを共にできる自身や桜の花の光栄さを詠むことで、
天皇をたたえているんでしょうね。
「奏す(天皇に申し上げる)」とか、「行幸(天皇がどこかへいらっしゃる)」などの最高敬語が生まれました。
この歌にも、天皇を指し示す言葉はないのですが、「松」とか「この春は」の「は」を用いることで、当時の人達には、この場に天皇がいらっしゃったんだなとわかったんでしょうね。
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