大崎下島の御手洗天満宮で大きな歌碑にであう【ライターさん必詣!天満宮詣りで文章力向上?!】
2022年12月15日にせとうちモニタークルーズに行ってきました。
広島市の宇品港から、尾道市の港までをシースピカというクルーズ船で移動します。
途中で、大崎下島の御手洗(みたらい)地区を1時間散策したのですが、
そこで、御手洗天満宮にて変体仮名を見つけました。
規格外に栄えた島
大崎下島は、潮待ち、風待ちの港町として栄えました。
面積も大きいようですが、人が集まり、物が集まったためか、
文化も育った場所でした。
乙女座という劇場があるのですが、これは、昭和12年に町長が私財を投じて建設したんだそうです。
劇場のサイズとしては小さいかもしれませんが、
よくよく考えてみると、小さい島に劇場が建っていて、
しかも、それが町長さんのポケットマネーで作られたとなると、
この島がどれほど栄えた島なのかということがわかって驚かされますね。
天神信仰も規格外だった?!
御手洗天満宮も、かなり立派なお社で、参道を進むと、右手に写真のような
大きな歌碑がど〜んと表れます。
この歌碑がめちゃくちゃでかいんです。
高さが3メートルぐらいはあったように思います。
そして、この歌碑を挟むように、小さな石碑と解説板がたっています。
まぁ、何しろ、歌碑がでっかくて、(当時の島の人たちの経済力のハンパなさがうかがい知れる)
変体仮名が散りばめられているので、そそられました。
仮名は読めた
小さな石碑には、現代のひらがなまじりで歌が刻まれていましたので、
その場で、大きな歌碑の変体仮名は読めました。
しかし、私も、国文学科の端くれ。
小さな石碑に助けられて満足しているわけにはいきません。
家に帰ってから、変体仮名の本を調べて、元の漢字を確認しました。
歌碑と文字を並べてみました。
どんな歌が書かれているのかは、わかったけれど、さてどんな内容なのか。
菅公の歌としては、
「東風吹かばにほひおこせよ梅の花あるじなしとて春な忘れそ」というのが有名ですが、
しっかりした解釈はできないけれど、どうもほっこりした内容ではなさそう。
「むなしくなす」ってネガティブな言葉も使われていますし、
「天が下にて」とはおそらく天下のような意味だとすると、かなり極端な言葉が使われている。
最後は「名をやながさむ」ですしね。
ざっくりいうと、
「(ネガティブな結果となれば)我が名を流してしまおう!」って言っているようなので、
と思った次第です。
次回の記事で、品詞分解をして、この歌が本当に強烈なのかどうか確認してみようと思います。
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