「消ぬべき恋」ってどんな恋?
夏になると、よく思い出す歌です。
今日は一部の助動詞をちょっと解説してみようかと思います。
たまには古典もいいでしょ。
万葉集十巻に収録された詠み人しらずの歌
この歌は、万葉集の第10巻に収められています。
作者はわからないので、「詠み人しらず」とされています。
(和歌は、声に出して独特の調子で「よみ」ますので、歌を「よむ」ときは、「詠」の字を充てます。)
万葉集は現存する日本最古の歌集で、およそ4500首・20巻にもおよびます。
詠み人には、天皇や貴族だけではなく、名もない庶民も含まれ、身分は多岐にわたっています。
また、成立年代は、西暦770年~780年と考えられています。
平安時代が794年からですから、上代の終わりごろといえますね。
実はすごいよ、万葉集。
考えてみると、詠み人の身分が多岐にわたっているということは、
すでに庶民にまで、歌を詠む文化が広がっていたということになりますよね。
詠んだ人すべてが、漢字まで書けたのかどうかはわかりませんが、(万葉集はすべて漢字で書かれている)
ひとまず、確実に、「4500人ぐらいは歌が詠めた」といえます。
また、当時の日本の人口は、およそ600万人でしたから、(ソースはここ)
単純に計算すれば、詠み人は、当時の日本人の0.075%にすぎないのですが、
これは、万葉集が私撰の歌集であったことを考えれば、4500首でも相当よく集めたほうだといえると思います。
もしも、「勅撰」、すなわち天皇の命令のもとで歌を集めるような国家プロジェクトであれば、
もっとたくさんの歌が集まり、20巻じゃきかないような数になったかもしれませんが、
万葉集は、私撰、つまり個人が集めたものなので、4500首が限界だったのかもしれません。
とはいえ、個人レベルで4500首を集めるのは、すごいことですよね。
撰者は、身分や有名無名の別を問わず、「いい歌ならば載せる」という公正な感覚を持ち、
遊び心満載の万葉仮名で歌を書き残しました。(知的レベルは相当高い人だったでしょうね)
また、こんなにたくさんの歌を集めるには、時間も相当かかったでしょう。
約4500首・20巻なんて、執念を感じますよね。
しかし、彼の「執念」のおかげで、
わたしたちは、祖先たちの文化水準の高さを知ることができるのです。
ありがとう、撰者の人。
今日、しみじみそう思います。
日本の紀元、皇紀では、1440年から1450年にあたりますから、
文化水準が高いのもうなずけますかね。
歌の意味
歌の意訳は以下のとおり。
早朝に花開き、夕方にはしおれてしまうつゆくさのように
私に始まった恋も、はかなく消えてしまうんだろうなぁ。
つゆくさの豆知識。
つゆくさは、夏の早朝に咲き、日が高くなったり夕方になるとしぼんでしまいます。
また、うっそうと茂る木陰にひっそり咲いていることが多く、
万葉集のころは、その花のようすから、「心変わりしやすい」とか「はかないもの」のたとえに使われていたようです。
また、花びらをしぼってできる青い汁は、着物の模様を描く下描きに使われました。
下書きのときは青い色がついているのですが、仕上げるときには簡単に色が消えてしまうそうです。
ここから、「消」という言葉と結びつき、そのはかないイメージをいっそう強めているのかもしれませんね。
詠み人をプロファイリング。
この歌は、詠み人しらずなのですが、私は女性が詠んだのではないかと思います。
つゆくさのもつ、ひっそり感や、はかないイメージが女性的であることと、
花びらの汁を、その特性から着物の柄の下描きに使っていたことを知るのは、
男性よりも女性のほうではなかったかと思うからです。
染めものや、縫いものは、今でこそ男性の職人さんも多くいますが、
当時は主に女性の仕事であったでしょう。
恋人と一緒にいるときは、あんなに浮き立っていた心も、
夜の明けぬうちに恋人が帰っていって、ひとり残されると、
ふっと醒めてしまうのでしょう。
さっき別れたのに、もう会いたいと思う気持ちと、
そんな情熱が、相手にも自分にも長続きするのかしら。とぼんやり不安になる気持ちがないまぜになっているのでしょうか。
ま、実際、「恋愛ホルモン」は、最長で3年ぐらいしか出ないといいますしね。(笑)
さっそく、「品詞分解」をやってみたいと思います。
消ぬる鴨跖草
「消ぬる鴨跖草」を、「消」・「ぬる」・「鴨跖草」と三つに分けます。
「消」の終止形は?
「消」は、なぜ「け」と読むのでしょう。
また、活用行や、終止形は何でしょうか。
それを知るためには、まず現代語をローマ字変換してみます。
現代では、「消える」であり、
「消える」自体は、未然形が「消え-ナイ」となりますから、
ア行の下一段活用となりますね。
今回は、このへんで止めておきます。
さて、「消える」をローマ字変換すると、
kiyeru となります。(本来は、きいぇるのような発音になります。)
そして、ここから、erを取り除きます。
すると、kiy–u 、すなわち、kiyu となりますね。
数式なら、 kiyeru – er = kiyu とでも表せるでしょうか。
これが「終止形」です。古典の辞書を調べるときは、「消ゆ」としらべればよいのです。
「消ゆ」は何行の何活用?
何行の何活用かを知るには、口語文法の動詞と同じく、「未然形」にしてみます。
口語文法では、「ナイ」をつけましたが、
古典文法では、「ズ」をつけてみます。
日本語話者であれば、「消えるズ」とはせず、感覚的に「消えズ」とするでしょうね。
ローマ字で表すと、kiyeズとなります。
ズのすぐ上が「ye」となっていることから、
活用行は「ヤ(ya)行」、(ye の y から)
活用は「下二段」活用 (ye の e から)とわかります。
これは、「kick の下一」というぐらいで、「蹴る」しかないと思っていていいです。
「ぬる」
「消」は、ヤ行下二段活用であることはわかりましたが、
さて、活用形はなんでしょうか。
実は、「消」単独ではわからないんですね。
直下にある「ぬる」は助動詞なのですが、これがが何形に接続するかがわかれば、一発でわかります。
ちょっと脱線すると、
教科書や参考書などに載っている助動詞の一覧表は、意味でおおまかにまとめられていますが、
実は、「どの活用形に接続するか(上にどの活用形がくるか)」で並び替えて覚えたほうが、
試験では役立つんですね。
ちなみに、「ぬる」は、終止形が「ぬ」で、意味は「完了(~してしまった)」です。
そして、「ぬ」は、連用形に接続します。
私が古典文法を教えるときは、「接続」は「上に」、「連」は「下に」と覚えてもらっているのですが、
今回は、「ぬ」が連用形接続の助動詞。ということから、「消」は、「連用形」ということがわかります。
「ぬる」の活用形もわかります。
さて、助動詞にも活用形がありますので、さらに下のことばとの関連をみていきましょう。
「鴨跖草」は、名詞、すなわち体言ですね。
「ぬる」の下に(連)体言の「鴨跖草」がきているのですから・・・
「ぬる」は「連体形」とわかります。
まとめると、以下のようになりますね。
「消ぬべき恋」
「消」は、ヤ行下二段活用であり、下に助動詞「ぬ」があることから、「連用形」であることはすでにわかると思います。
「ぬ」自体は何形?
では、この「ぬ」自体の活用形はなんでしょうか。
そのためには、下にある「べき」(これは助動詞です)が、何形に接続する助動詞なのかがわかればよいことになります。
「べき」は、助動詞「べし」のある活用形なのですが、
「べし」自体は、終止形接続(上に終止形がくる)の助動詞なのです。
ゆえに、「ぬ」は「終止形」で確定ですね。
「べき」自体は何形?
ス・イ・カ・ト・メ・テ・ヨ べしの意味というゴロがあるぐらい、
推量・意思・可能・当然・命令・適当・予定
助動詞「べし」には、意味がいろいろあります。
まぁ、それらしく訳せていれば、別に問題ないと思いますが、今回は、「推量」ぐらいですかね。
そして、「べき」は何形か。という問題になるのですが、
これは、下に「恋」がきていることから考えればよいですね。
「恋」は名詞、すなわち「体言」です。
下に(連)体言がきていますから、
「べき」は「連体形」とわかりますね。
まとめると、以下のようになりますね。
「つべし」「ぬべし」は確定の推量を表す。
ちなみに、「つべし」「ぬべし」は、確定の推量「きっと~だろう」という意味を表します。
この歌では、「消ぬべき恋」と表現していますから、作者はすでにハッピーエンドの恋ではないことを予感しているのですね。
なんともせつないことです。
おなかもすいたので、このへんで♪
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