「対比」に極言していいの?【生き残れ!読書感想文は自己表現のサバイバルゲームだ!】

2022年8月17日読書感想文

 『「対比」に極言していいの?』のアイキャッチ画像
読了時間: 約28

記事を音読してみました

2022年10月14日、記事を音読してみました。
一発録りした上、編集なしでアップロードしております。
ちょっとかんだり、読み直しをしている部分があります。(ご了承ください)

再生速度は、三点メニューより変更できます。

極言していいのか?

2022年現在、私が読書感想文に求めるものは「徹底的な対比」だと書きました。
読書体験を通じて、二つの近いもの、似通っているものを見つけ、
それについて比べることで、その違いはなにか。
その違いを縮める努力をすることで、自分が高められるとすれば、
その高める努力はどのように行えばいいのか。などを書けば、ものすごく上等な読書感想文になると考えています。

しかし、読書感想文で行うべきは、「徹底的な対比」と言い切ってしまっていいのか。
具体的には、「対比」だけで800字、1200字が埋まるだろうか。と心配になりました。
正直なところ、800字はまぁなんとかなるでしょうが、本の内容によっては、1200字を書くのがきつい場合があるかもしれないなぁ。と思ったりもするのです。

「対比」以外にもやるべきことを挙げられれば、もっと負担は減らせるかもしれませんが、
今のところ、読書感想文のコアは「対比」であり、それ以外にやるべきことはないと考えています。

なるほど。「対比」は不可欠だ。

読書感想文でやるべきことは、「対比」だ!と極言したものの、
今ひとつ確信が持てないでいました。

しかし、現代文の評論文・論説文などと言われる分野でとりあげられている文章などを構造化、つまりシンプルにしてみると、極言してもいいのではないかと思えてきました。

レモンのライン 現在、私は自身の指導力を高めるべく、現代文の勉強をしているのですが、
自身の読解を構造化するため、板書案も作るようにしています。

設問が作られるような文章ですから、読解経験の少ない生徒が一読、二読程度でサラッと理解できるようなものではありません。そこで必要となってくるのが板書です。
板書は、教える側の脳内理解を視覚化したものであり、これがわかりやすくなっていればいるほど、生徒の読解力を高められる一助となります。

そう思って、日々うんうん言いながら板書案を作っているのですが、満足できる板書が作れるようになるには、まだまだ時間がかかりそうです。

レモンのラインちょっと話がそれてしまいましたが、
課題文の内容を理解するために、内容を図式化、構造化していると、
文章の多くは、「対比」構造になっていることがよくわかります。

自身の主張や、伝えたいことを読む人に明確に届けるには、
何かしら比べなければならないからです。

「そうじゃない、私はこっち!」とか、
「私にはこれ以外ない!」という場合、
最初から唯一絶対・唯一無二・唯一無比の考え・存在だったかのように思われますが、
実際には、潜在意識下・無意識下で数多くのトーナメントが行われ、勝ち上がってきています。
無数のトーナメントがあったことを意識していないから、最初から一つだけだったように見えるんですね。

論じる・主張するためには、何かと比べなければならない。
逆に言うと、比べるものなしに主張したって、説得力がない。ということです。

こうしてみると、文章のプロが「対比」をゴリゴリ使っているのですから、
読書感想文を書く生徒たちに、読書感想文に必要なのは「対比」だと極言してよい。という結論に達しました。

生き残れ!読書感想文は自己表現のサバイバルゲームだ!の記事一覧


 

プロフィール

Author Profile
Lukia_74

元・再受験生、元塾講師、元高校非常勤講師。広島育ち。
中・高国語の教員免許を取得するも、塾講師時代は英語や数学ばかり教えていた。
思うところあって大学再受験を決意。理転し、数学Ⅲ、化学、生物を独習する。国立大学へ合格するも、2018年3月に再受験生生活にピリオドを打つ。
モットーは「自分の予定はキャンセルできても、生徒の予定はキャンセルできない」と「主婦(夫)こそ理系たれ」。
広島のお好み焼きとグレープフルーツが大好き。どっちかというと左党。楽しみはひとりカラオケ。
高校で教鞭を取った経験から、現在は「現代文」と「小論文」の指導力アップを目指し、自己研鑽中。最近は趣味として高校数学を解く。

カテゴリー

2022年8月17日読書感想文

Posted by Lukia_74